ごあいさつ

泣くっていけないこと?

皆さんは泣くことにどんな印象をお持ちでしょうか。
 かっこ悪い
 みっともない
 恥ずかしい
 負け
  いずれもマイナスのイメージですね。
更には
 お兄ちゃん(お姉ちゃん)だから泣くな
 男は泣くな
などという年齢や性別などから泣くことを否定するような発言を聞くこともあります。
でも、本当に泣くことはいけないことでしょうか?
もし、この泣くことがいけないという考えが、ある時から私たちが持ってしまった
思い込みであったとしたら、そしてその思い込みが私たちの自己肯定感を揺るがすものであったり、
私たちが私たちらしく生きていくことを邪魔するようなものであったらどうでしょうか。
最近では、笑うことよりも泣くことのほうがストレス発散効果が高く、その持続効果も長い、
ということも分かってきています。加えて、その涙の中にはストレス物質が含まれていて
その流した涙とともにストレスが洗い流されるということも分かってきています。
このように泣くということは、悪いことばかりではない、とずいぶん研究されてきているのです。

人は泣きながら生まれてくる

人は誰でも泣きながら生まれてきます。
「おぎゃあ」という泣き声を聞いて、その子が無事に生まれてきた、と安堵します。
私たちは乳幼児が泣くことを、その子が言葉を覚えるまでの感情表現の一つとして認識し、
大人の関心を引くことができる、生存本能がある、と喜ばしく思います。
なのに、年齢とともに先に述べたようなイメージにとらわれてしまうのはなぜでしょうか。
しかしその一方で、ある卒業ソングにもあるように、本来泣くことが予想される状況で泣かない人を
冷たい人だと感じる人がいるのも奇妙なことです。
国民性や歴史などの影響もあるかも知れませんが、少なくとも日本においては、泣いては
いけない場面と泣かなければいけない場面という認識があり、それと逆の行動をすると
非難されてしまうのかも知れません。これでは、なかなか自分の悲しみや辛さと向き合ったり
自分を解放することができないのではないかと思います。

涙活の始まり

私は過去に、教育の現場で働いていた時期がありました。
そこで感じたのは、子どもたちの自己肯定感の低さでした。自分自身を大事にできないと
同じように他人を大事にすることはできないのではないか、と思い始めた頃、悩みを相談に来る
生徒には二種類あることに気づきました。
 話しながら泣き出す生徒
 話しながら怒り出す生徒
前者はなぜか、二度と同じ相談を私にしてくることはありませんでした。
後者は何度も、同じ相談を私にし、その都度思い出しては怒りの感情を露わにしました。
そんなことが何度もあり、そこから私は涙の持つ不思議な力に興味を持ち、同じ疑問を持つ
友人と『涙活』をスタートさせました。
当初はHPでのみ開催告知をし、興味を持たれた方を対象に行っておりましたが、今では
学校や企業、病院、公民館、福祉施設等でお声をかけていただき、延べ18,000人近くの方を
泣かせてきました。その経験から、この6年間の活動の中で私が気付いたことは
 「人間が人間らしくあるために、人間は泣くのだ」
ということです。 人間を含め生き物は、進化の過程でその種の生存に不要な機能はなくなっていきました。
そんな中、泣くことができるのは人間だけです。そのことから私は、人間には泣くことが何らかの
必要性があって残された機能なのではないか、と思うのです。ゆえに、泣くことは悪いこと
ではなく、自己表現の一つとして大切にして欲しいのです。

泣くことで思いやりある優しい社会に

私が皆さんに本当にお伝えしたいことは
 悲しい涙、辛い涙、悔しい涙など、否定的な涙であっても
 その時に自分が感じた気持ちを見つめて
 どんな気持ちの自分も全部大事に受け止めて欲しい
ということです。
どんな気持ちの自分であっても容認できれば、他人のそれも容認できるようになります。
すると、他人に対して思いやりや優しい気持ちを持てたりして家族、地域、社会に
浸透してゆくのです。自分と他人を大事にできれば、お互いの価値観や意見を尊重することができ、
良好な人間関係の構築ができるのです。
涙から笑顔が広がり、私たちがいきいき、その人らしく生きることのできる社会になることを願って、
これからも涙活という活動を続けていきたいと思います。